【弁護士コラム・企業法務②】
①代金の未払いリスクと契約上の注意点
<はじめに>
今回は企業法務を取り扱います。企業経営では、社内・社外を問わず色々な問題が生じます。その中でも、企業の収益に直結する問題であるにもかかわらず高確率で発生してしまうのが「代金の未払い」です。
代金の未払いは、顧客が個人でも法人でも起こり得る問題です。そして、代金の未払いが起こる原因の一つとしては契約の不備が挙げられます。そもそも契約書が作成されていなかったり、契約書を作成したとしても内容が曖昧である場合には、未払いの原因になりやすいです。
今回は、代金の未払いについて法的な解決方法を説明するとともに、契約締結時の注意点を解説します。
<代金の未払い>
代金の未払いの前提として、企業が先に商品やサービスを提供し、その後に顧客から代金を受領するという形態の業種が対象となると思われます。
例えば、BtoBで商品を毎月出荷するような契約の場合、〆日を決めて、その翌月末までに代金を支払うことが多いかと思います。BtoCでも、リフォーム業や建築業といった業界では、「①契約時に●●万円、②中間金として●●万円、③完成時に●●万円」といった代金を分割して支払う契約が多く、代金の一部が後払いになっていることは珍しくありません。
代金を支払わない顧客の言い分として大きく2パターンに分かれると思われます。
1つ目は、商品・サービスが契約の内容に適合しない(契約不適合)と主張しているパターンです。この場合、企業としては、顧客の要求に従って代替物を提供したり欠陥を修理すればよいということになり、必ずしも代金が減額される訳ではないので、顧客とアフターケアについて話し合いができる事案であれば代金の回収は十分に可能です。
2つ目は、単純に顧客が支払いを渋っているパターンです。まずは顧客に対して代金を支払うように催促することになりますが、催促に応じる顧客ならば最初から支払うでしょうから、支払ってくる可能性は低いでしょう。また、顧客から「手持ちがないので支払いを待って欲しい」と言われることもあるかと思います。このような場合、顧客に資力がなく、支払い期限を延ばしたとしても代金を回収できない可能性があります。
2つ目のパターンの場合、企業としてはどのような対応をすべきでしょうか。顧客から代金を回収する方法としては、裁判所外の請求と裁判上の請求に分けることができるので、以下説明をしていきます。
<裁判外の和解>
裁判所外の請求としては、顧客に対して内容証明郵便を送付して和解をすることが考えられます。
しかし、裁判外の和解で作成した契約書だけでは強制執行をすることができません。強制執行をするためには、公正証書による契約書を作成して、その中に強制執行認諾文言を入れる必要があります。裁判外の請求では、これが最も早く、費用がかからず、かつ、実効性の高い回収方法だと思われます。
ただし、この方法は顧客が交渉や和解に応じてくれることを前提としていますので、顧客と連絡が付かなかったり、和解の条件について折り合わない場合には、裁判上の請求をせざるを得ません。
<支払督促がオススメ!>
未払い代金の回収における裁判上の請求としてオススメなのが、支払督促という制度です。支払督促は、簡易裁判所が債務者に対して債権者への金銭の支払いを命じる手続を言います。
判断をするのは裁判官ではなく裁判所書記官であり、判断の内容についても書類上の不備がないかという形式的な審査だけです。支払督促が出ると債務者に郵送され、2週間以内に債務者が異議申立てをすると通常の訴訟に移行します。言い換えれば、2週間以内に異議申立てをしなければ支払督促が確定しますので、速やかに強制執行をすることができます。
このように、支払督促は訴訟と比べてスピーディーに、かつ、費用も安く済みます。そのため、企業の代金回収においてはかなり有効な手段と言えます。デメリットがあるとすれば、2週間以内に債務者が異議申立てをすると通常の訴訟に移行するので、支払督促のメリットが全て消失するという点です。
<取引をする際に必ず契約書を作ること>
契約締結時の注意点の解説に入ります。このコラムをご覧の企業の皆様は、顧客と新規に取引を開始する時に、契約書を作成しているでしょうか。
これまで債権回収の案件を多数扱ってきましたが、契約書が作成されていない事案を一定数見かけます。
契約の申込みと承諾が口頭や電話口でされている場合でも、民法上契約は成立します。
しかし、口頭や電話口で契約をした場合、合意した内容を後から確認することができないので、契約内容について後に争いになるリスクがあります。たとえ、口頭や電話口で話し合った内容をメモしていたとしても、それは契約書ではありません(※なお、口頭や電話口で話し合った内容のメモを、契約の存在を推認させる間接証拠として裁判で使用することが考えられますが、メモの信用性は別途問題となります。)。
他方、契約書そのものではないものの契約書に類似する書類を作成して顧客に交付している企業も多いかと思われます。
例えば、“申込書”については、契約内容が記載されており企業と顧客の署名がされているのであれば、契約書の役割を果たします。
他方、“見積書”“請求書”“領収書”といった書類は、代金の金額しか記載されておらず契約書の代わりにはなりません。
<契約内容が変更されたら契約書も変更する>
契約書を作成した後に、顧客からの要望で契約が変更されることは珍しくありません。
顧客から契約変更の要望があった場合、社内の記録に残すだけで契約書の変更まではしないという企業は多いかと思います。
しかし、“契約の内容が変更されたにもかかわらず、契約書の内容は当初のまま”の状態のまま商品やサービスを提供してしまうと、顧客とトラブルになった場合に非常に不利に働きます。例えば、顧客から“頼んだ内容と違う”とクレームが入った場合、契約書が変更されていないので、裁判所からは契約不適合責任と認定されてしまう可能性が極めて高くなります。
とはいえ、一度作った契約書を破棄して、顧客に内容を変更した契約書に再度署名してもらうというのは現実的に難しいかと思います。
このような場合にはメールが非常に有効です。メールで変更点を明確に記載し、変更に間違いがないかを顧客に返信して貰うことで、契約の変更について合意があったことを証拠として残すことができます。
口頭でのやり取りは証拠に残らないだけではなく言い間違い、聞き間違いのリスクが非常に高いのでメールを優先的に使用するようにして下さい。
<顧客が個人の場合の問題点>
BtoCの企業の場合、多数の顧客と取引をする中で、顧客と連絡が付かなくなってしまうという案件もあるかと思います。取引の金額が少額であれば、債権回収の手間と回収金額を天秤にかけた結果、回収を諦めて損切をするという判断はあり得るでしょう。
しかし、取引の金額が多額で、どうしても回収しなければならない案件の場合にはどうしたらよいのでしょうか。
この場合、弁護士に債権回収の依頼をして、弁護士の権限で顧客の住所を調査することになります。
弁護士は、業務上必要な場合に、職務上請求によって戸籍や住民票を取得することができます。そのため、顧客が引っ越しをしており、住民票上の住所が変更されていないか確認をすることができます。また、弁護士会による照会(我々は23条照会と呼んでいます。)もあり、弁護士は様々な企業や機関に照会をかけることができます(照会先が拒否することもあり、必ず開示される訳ではありません。)。
弁護士は企業だけでは取得できない情報を調査する権限を持っていますので、どうしても回収しなければならない代金がある場合には弁護士への依頼をお勧めします。
<顧客が死亡した場合はどうなるのか?>
BtoCの企業のケースで、契約締結後に顧客が死亡してしまい代金を誰に請求すればいいのか分からないという事態もあります。
この場合、顧客の法定相続人が誰なのかを調査し、法定相続人が存在するのであれば、当該法定相続人に対して、“顧客に対する代金債権を有してるので、相続をするのであれば相続分に従った代金債権を払ってください”という通知を送ることになります。
ただし、顧客が多額の負債を負っている場合には、相続人が相続放棄することも考えられます。この場合には、相続放棄した法定相続人には請求できません。
顧客を相続する人が誰もいない場合には、相続財産清算人選任の申立てをして、裁判所が選任する相続財産清算人によって債務の弁済をして貰うことも考えられます。
しかし、顧客に資産がなければ債務の弁済もできませんので、資力の状態を見極めた上で、相続財産清算人選任の申立てをするかどうか決める必要があります(特別縁故者が選任申立てをする場合には、相続財産清算人の方から連絡が来ますのでやることはあまりありません。)。
<大企業との取引でもリスクはある>
BtoBの取引、特に大企業との取引は、“何となく安全”に見えるかもしれません。確かに、大企業ではコンプライアンスが重視されており経営も安定していますので、中小企業と比べても、代金未払いのリスクは一般的低いと言えます。
しかし、大企業との取引特有のリスクがあります。それは下請法違反です。下請法の細かい説明は省きますが、代金の支払いに関係する例で言えば、
・4条1項2号:下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと。
・4条1項3号:下請事業者の責に帰すべき理由がないのに,下請代金の額を減ずること。
・4条1項5号:下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること。
といったことが挙げられます。
最近のニュースで、某大手家電量販店が公正取引委員会から下請法に基づく勧告を受けたという事案がありました。
契約書に記載されている条件がそもそも下請法に違反している場合もありますし、契約書の条件自体は適法だが実際の取引で契約内容が守られないという場合もあります。“元請企業との契約にリーガルチェックを入れると契約を打ち切られるのではないか”と思う経営者の方もいるかもしれませんが、下請法違反の契約は利益だけではなく、従業員のモチベーションも低下させてしまう恐れがあります。下請法違反の取引を持ち掛けられた場合には、一度弁護士に相談することをお勧めします。
<おわりに>
もし、どうしても代金を回収できない場合には、貸倒損失として会計処理するしかありません。
しかし、「売上は上がっているのに、現金が入ってこない」という状況があまりにも長く続くと、黒字倒産にもなりかねません。
顧客に対して代金を請求するのは気が引けるという経営者の方もいるかもしれませんが、代金を支払ってくれないのであればビジネスの相手としては相応しくないと言えるでしょう。未払い代金の回収や契約書のリーガルチェックでお悩みの天白区や緑区、名古屋市近郊(豊明市、東海市、大府市)の企業の皆様は、ぜひ弊所までご相談いただければと思います。