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2025/08/08

【弁護士コラム・カスハラ①】カスタマーハラスメントの対応は誰がやる?

【弁護士コラム・カスハラ①】

カスタマーハラスメントの対応は誰がやる?

 

<はじめに>

 第1回のテーマにはカスハラを選びました。カスハラは、社会の問題意識が高まってきているとともに、個人的にも関心が強い分野なので、このコラムは筆が乗っています。

 遂に我が愛知県でも、カスタマーハラスメント防止条例が制定されました。施行日は令和7年10月1日です。

 なお、愛知県の隣に位置する三重県桑名市では、令和7年4月1日にカスタマーハラスメント防止条例が施行されています。桑名市では、カスハラ条例に基づいて実際にカスハラを認定して、カスハラ加害者に対して警告書を送付した事案があります。

 

<定義の確認>

 今や色々なところで“カスハラ”という単語が使われていますが、「一体どのような行為がカスハラに当たるのか分かっていない…。」という方は多いかと思います。

 愛知県のカスハラ条例では「顧客等からの就業者に対する言動であって、就業者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであり、かつ、就業者の就業環境を害するものをいう。」(第2条4号)と定義されています。この定義はかなり抽象的ですので、どのような行為がカスハラに当たるのか一見して分かりません。

 この点について、厚生労働省策定の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」でも同様の定義がされています。同マニュアルでは、この定義について具体例を挙げて解説しているので、定義への当てはめの際に参考になります。そのため、カスハラ行為と疑われる行為を発見した場合には、同マニュアルに照らして判断することをお勧めします。

 

<カスハラ条例ではカスハラ加害者は処罰されない?>

 愛知県のカスハラ条例は、「何人も、カスタマーハラスメントを行ってはならない。」(第4条)と規定されているのみで、このカスハラ条例自体には罰則規定が無いことが分かります。

 それでは、カスハラ加害者は刑事責任を負わないのでしょうか?

 この点については、刑法上の犯罪に該当するのであれば、その犯罪に係る刑事責任を負うことはあり得ます。例えば、買い物客が、店員に対して「土下座して謝れ!土下座しないのであれば、この店は客を騙す詐欺師のような店だとSNSに載せるぞ!!」と要求して、店員に土下座させたとします。この行為は、強要罪(刑法233条)に該当する可能性があるので、刑事裁判で有罪判決が確定すれば、買い物客は刑事処分を受けなければなりません。

 愛知県のカスハラ条例は、「愛知県としてカスハラにしっかりと対応していきますよ!」という明確なメッセージを発している点で一定の評価はできますが、条例を制定して終わりではなく、桑名市のように実効的に運用されることが期待されます。

 

<カスハラは現場だけで対処できるのか>

 “カスハラ”という言葉は比較的最近生まれたものかと思いますが、いわゆるクレーマーのような顧客は昔から存在していたはずです。カスハラへの問題意識が高まるまでは、現場の従業員の判断によってクレーマーの対応をしていたのだと推測されます。

 そうすると、“これまで特段カスハラ対策なんてやっていないのだから、これからも必要ないだろう”と考える企業もあるかもしれません。

 しかし、何らの対策もせずカスハラを現場で対応するのは限界が来ます。

 現場では、カスハラ加害者に対応するために人員が割かれ、粘着質なカスハラ加害者であればその対応に業務時間を大幅に取られます。また、反復かつ継続的にカスハラが行われることで、従業員の心身に多大な悪影響が出てしまい、従業員の休職・退職に繋がることもあります。そもそも、従業員がカスハラ対応に追われれば本来の業務が滞ってしまい、まわりまわって業績低下にも繋がりかねません。

 他に考えられるリスクとしては、現場の従業員が誤った判断をしてしまった結果、クレームが悪化したりSNS等で悪い評判が広まってしまうことです。カスハラ対応は非常に神経をすり減らすため、現場の従業員がカスハラ加害者への対応をしている中で、コンプライアンスの意識が麻痺してしまったり、動揺して正常な判断ができなくなっていることは珍しくありません。

 そのため、現場の従業員の対応が全て企業の責任として降りかかってくることを考えると、カスハラ対策を現場に丸投げすることは、経営において危険だと言わざるを得ません。

 

<従業員よりもカスハラ加害者を優先してしまう企業のリスク>

 顧客に対して、ただ単に商品やサービスを提供するだけではなく、“おもてなしの心”や“顧客への要望に応えること”も商売の基本かと思います。

 しかし、それは一般の顧客に対する話であって、カスハラ加害者にまで配慮する必要はないでしょう。企業としては、「お客さんに反論なんてしたら評判が下がってしまうのではないか」「カスハラ加害者をしているのは大口の顧客なので多少のことは我慢するべきではないか」と心配になり、ついつい従業員に我慢をさせようとしてしまいます。

 まず、「お客さんに反論なんてしたら世間からの評判が下がってしまうのではないか」という点については、社会全体として“カスハラを許してはいけない”という意識になってきていますので、あまり心配する必要はないかと個人的には考えます。国や地方自治体がカスハラに関する法令を制定し始めたのも、このような社会の潮流を受けたものですからね。

 むしろカスハラを放置してしまうと、世間から“会社として意識が低い”と評価されてしまい、経営に影響が出る恐れがあります。

 経営における重要な要素の一つとして、働き手の確保が挙げられます。日本では少子高齢化が急加速しており、今やどの業界も人手不足が深刻で、新入社員獲得・中途採用も年々難しくなってきています。

 先ほどの具体例で考えると、買い物客がクレームを付けて店員に土下座を要求したことに対して、現場の店員が泣く泣く土下座をし、別の買い物客がその様子を撮影してSNSにアップしたとします(令和7年4月に、大阪万博で、警備員の方が来場者に土下座を強要させられたニュースは記憶に新しいかと思います。)。

 この場合、カスハラ加害者に批判が殺到するのは当たり前ですが、企業に対しても「なぜ土下座をさせたのか」と批判が向けられるのは必至です。これがニュースやメディアに取り上げられると、ニュースを見た多くの人は「ああ。この会社は悪質なクレームが来たとしても守ってくれないんだな。」という感想を抱くはずです。

 そうすると、当該企業が新しく人材を獲得しようとしても応募をかけても、志望者は中々出てこないという事態が生じます。今の若い人(かくいう私も20代ですが)は、SNSで多くの投稿を見ていますし、就職・転職の口コミを情報として提供するサービスも最盛期に入ってきています。

 このような情報化社会でカスハラを放置するのは、企業にとってはリスクしかないのではないかと考えています。

 令和7年6月に労働施策総合推進法が改正され、令和8年には施行がされます。この法律によって、企業にはカスハラから従業員を守る義務が課せられることになりますので、今のうちに企業として方針を策定し、相談体制を整備することをお勧めします。

 

 <弁護士による法的対応のメリット>

 現場での対応だけでは困難だと判断したら、すぐに弁護士に相談して法的な対応に移行するべきです。では、弁護士に依頼することでどのような効果が見込めるのでしょうか。

 まず一つ大きなメリットとしては、話し合いの窓口が弁護士になることです。これは他の事件にも共通しますが、弁護士は依頼を受けた後、事件の相手方に受任通知という書類を送り、交渉窓口が弁護士に変わったことを相手方に通知します。受任通知が相手方に到達した後は、相手からの連絡は全て弁護士の方で受け付けます。もし、相手方が弁護士を通さずに依頼者に直接接触したり、連絡をしてくるようなことがあれば、相手方に警告をするとともに別途法的な手段を検討します。窓口が弁護士に変わることで、カスハラ加害者と直接関わることがなくなりますので、心理的に大きなメリットを得ることができます。

 次に、裁判所に事実を判断してもらうことで、“暖簾に腕押し”状態を解消できることです。

 例えば、顧客が企業に対して、「お前のところのせいで俺は〇〇万円も損をしたんだ!!だから賠償しろ、金を払え!!」と言ってきたとします。しかし、企業が顧客に損害を与えた事実がないのであれば、当然賠償をする必要はありません。企業は、顧客に対して「そんな事実はないので、お金は支払いません。」と断ったとしても、カスハラをするような顧客はなかなか引き下がらないでしょう。カスハラ加害者との直接交渉が何か月、1年以上も続くようであれば、もはや当事者間の解決は見込めず、不毛な争いと言わざるを得ません。

 このような事案では、債務不存在確認訴訟という裁判をすることが考えられます。裁判所に対して、「相手が請求してくる権利・法益が存在しないこと」を確認してもらう裁判です。債務不存在確認訴訟で勝訴して判決が確定すれば、カスハラ加害者の要求は不当なものと扱うことができます。もし、それでもカスハラ加害者の要求が止まらないようであれば次のステップに進むのですが、長くなるのでここまでに留めておきます。

 要するに、弁護士に法的対応を依頼すれば、当事者間の水掛け論に終止符を打って、裁判所に事実を判断してもらうことができます。裁判所が事実を認定してくれれば、警察も動きやすくなるので、刑事責任の追及にも役立ちます。

 

<さいごに>

 弊所では、カスハラ対策に関するセミナーを取り扱っています。セミナーでは、ここで書いた内容よりも更に突っ込んだことや過去の経験を基に、具体的な対策をお話したいと思っています。ご興味のある方はご連絡ください。

 第1回ということで、手探りでコラムを書いています。これからも、現実に起こり得る問題やリスクに引き付けながら、自分が関心のある話題を解説していきたいと思っています。

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