【弁護士コラム・刑事事件③】取調べにおける黙秘権の行使について
<はじめに>
黙秘権は、刑事事件において被疑者・被告人に与えられた唯一かつ最大の武器です。
“黙秘権”という言葉自体は誰でも知っているとは思いますが、実際にどのようなものか知らない人も多いのではないでしょうか。刑事事件の依頼者からも「取調べの際に黙秘権があると言われたが、本当に黙ってもよいのか」、「黙っていると自分に不利になってしまうのではないか」という質問をよく受けます。
黙秘権があるということを知っているだけでは、いざ取調べを受けたときに上手くいかないことが多いです。このコラムでは、取調べにおける黙秘権とは何か、黙秘権行使によってどのような影響があるのかを解説します。
<黙秘権の基本>
憲法38条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と定めています(自己帰罪拒否特権)。
また、刑事訴訟法311条1項は「被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。」と規定しており、刑事裁判における黙秘権を保障しています。そして、同法198条2項では「前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」として、捜査中においても黙秘権を保障しています。
このように、黙秘権は憲法と刑事訴訟法に規定された非常に重要な人権です。
よって、黙秘権を侵害するような取調べで作成された供述調書は証拠として使えませんし、また、黙秘権を行使したことを理由に犯罪事実を不利益に推認したり、量刑を重くすることも許されません。これらは基本的な知識ではありますが、極めて重要な内容です。私は刑事弁護の依頼を受けたとき、依頼者にしつこいほど黙秘権の基本を説明します。黙秘権は、特に取調べの段階で問題になることが多いので、本コラムでも取調べの場面を念頭に説明していきます。
<黙っていると不利になる?>
直前に述べたとおり、黙秘権を行使したことにより犯罪事実を不利益に推認されたり量刑が重くなることはありません。それにもかかわらず、刑事弁護の依頼者から何度も「警察から質問されたのにずっと黙っていると刑が重くなるんじゃないでしょうか…?」という質問をよく受けます。このような質問が出る理由としては以下のことが挙げられます。
一つ目は、「警察から“素直に自白した方が早く捜査が終わる”と言われた」というものです。
しかし、警察のこの説明は不十分であり、また、自白することによって捜査が早く終わる保証もありません。この説明を善解するとすれば、事案簡明で、かつ、客観的な証拠(防犯カメラ映像など)も揃っており、あとは被疑者の供述調書を作成するだけという状況だと思います。確かに、このような状況であれば被疑者が自白することで捜査が終わる(検察官が終局処分を決めることができる。)かもしれません。ただし、被疑者側(弁護人も含む。)には、このような状況なのか確認する術はありませんし、警察はこのような事案でなくても上記のような発言をすることがあります。仮にこのような状況であったしても、客観証拠が揃っているのであれば被疑者の供述調書がなくても十分に起訴することが可能ですので、自白することにそこまで大きな意義はないでしょう。
二つ目は、認め事件の場合によくあるのですが、「黙秘権を行使すると罪を認めていないと思われるのではないか」と不安になってしまうことです。一般の方からすると黙秘は否認と同じように思えるかもしれませんが、黙秘と否認は似て非なるものです。否認は、「罪を認めない」という意思表示をしていますが、黙秘は文字通り“黙っているだけ”です。黙っているだけでは事実を認めている訳でもありませんし否認をしている訳でもありません。もし警察から真実(被疑者の認識にも合致していることを前提とします。)を告げられたことに対して否認をしてしまうと取調べで追及され、終局処分の際に不利益に考慮されることはあり得ます。他方で、真実を告げられて黙っていたとしても、上記で述べたとおり、黙っていることのみをもって被疑者を不利益に扱うことは許されません。
繰り返しますが、「取調べで黙っていることによって不利になることはない」と思っていただいて構いません。
<参考人は黙秘権を行使できるのか>
事案にもよりますが、被疑者が捜査対象として取調べを受けるだけではなく、被疑者の家族が参考人として取調べを受けることもあり得ます。家族が犯罪事実や情状について一定の情報を有している場合、取調べでありのままを話してしまうと被疑者にとって不利になることもあり得ます。このような場合、参考人である被疑者の家族は警察の取調べで黙秘権を行使することができるのでしょうか。
結論としては、被疑者の家族は黙秘権を行使できません(正確に言うと、黙秘権が法律上保護されていないので、不利益に働くことがあり得る。)。なぜなら、黙秘権は、被疑者・被告人を守るための権利であって、参考人はその対象外だからです。第三者への取調べを規定している刑事訴訟法223条2項では、黙秘権告知が準用されていないので、法律上では黙秘権が保障されていないことになります。そのため、被疑者の家族が取調べを受ける際に黙秘権を行使すると警察から厳しい追及を受けたり、被疑者をかばっていると判断されることもあり得ます。
では、被疑者のために取調べで黙っていた場合に何らかの処罰がされるのでしょうか。
刑法105条は親族による犯罪に関する特例が定められており、被疑者の家族が、犯人を隠避したり証拠を隠滅するような行為をしたとしても刑を免除することができるとしています(必ず免除される訳ではないので注意。)。その趣旨は、親族は心情的に被疑者をかばおうとするのが通常であるため、これを一律に処罰するのは妥当ではないと考えられるからです。
以上のとおり、被疑者の家族が参考人として取調べを受ける場合には心理的に辛い状況に置かれます。刑法105条で刑が免除される可能性があるとしても積極的に虚偽の供述をするのはオススメできません。また、警察は、被疑者の供述との整合性も確認をしますので、家族が不用意な嘘を付くと後で被疑者にとって不利になってしまうリスクもあります。
<おわりに>
刑事弁護では、貫黙(かんもく)と言われるように、被疑者に対して徹底的に黙秘権を行使することをアドバイスします。不用意な自白は自分の首を絞めることになりますし、黙っているだけでは不利益になることはないからです。私も冤罪や自分の認識とは異なる事実を聞かれた場合には、迷いなく貫黙するべきと考えます。
しかし、刑事事件のほとんどは認め事件です。認め事件で、取調べの間ずっと黙秘し続けるというのは戦略的に取りにくいのも事実ですし、また、被疑者から「ずっと黙っているのは難しく、途中から喋ってしまいました」と言われることが圧倒的に多いです。
黙秘権は、被疑者にとって極めて重要であり捜査機関によって侵害されることが許されない権利であるのは繰り返し述べたとおりですが、取調べの状況によって行使するかを考えるのも戦略の一つです。黙秘権は行使し続けなければならないものではなく、ある質問には答えて他の質問に答えないということもできます。事案によって対処が変わってきますので、刑事弁護人を依頼する際に方針を確認するとよいでしょう。